せんせい。

 白雪オンリーに行ったのに鈴凛本ばかり漁っていましたがなにか。だってだってイイんだもん、リン絡みの話。
 というのはつまり、彼女が二次創作向きだからなのであって、それは裏を返せば原作での展開が十分でない、という事に他なりません。
 昔曽我さん相手に上手く説明できなかったんだけれど、公野先生の鈴凛理解とは、端的に「エコカー」です。一度脇道。リピュアBパートにおける原作の省略の問題とも絡んでくるわけですが、公野先生は書かなくていい事まで書いてしまう、勢い任せな人です。語らないで匂わせておけばいいような感情を、ついつい独白させてしまう。キャラコレの可憐とお兄ちゃんがデートにいく話とかそういう部分が良く出ています。その勢いが妹達の純粋さ、と言うよりは純朴さを際立たせるわけで、これはこれでシスプリ原作の不可分な一部ではある。あるけれどもそこを掬い上げてしまっては他のメディアに移す際にいろいろと不具合が生じる。くどくなるとか。だからその部分は省くしかないわけで、その省き方においてリピュアBパートはかなりいい仕事をしていたのではないか、と思う。
 「エコカー」、ってのは鈴凛のキャラコレにおける書かなくていい部分です。実際Bパートでは省かれました。そして、彼女だけの特徴として、それはもっと書かれていていい部分です。ものづくし的というのは確かに公野先生の美点なのだけれど、鈴凛に関してのみはつくされるべきものが微妙に先生ご自身にも見えていない感がある。それが端的に現れるのが、「エコカー」の一語。一口にエコカーと言ったって色んなアプローチがある。水素エンジン、電気自動車、ソーラーカーetcetc。それぞれに凡そ一まとめにはしかねる概念だけに、機械いじりに興味があって、良く懐いてくれている孫娘には区別をつけていてもらいたい。でも、その区別もなく、ただ、「エコカー」としてのみ言及される。そこには咲耶フリーマーケットでの買い物を微に入り細を穿って描き出した繊細な筆致がないわけです。あるいは四葉が持っているユニコーンボーンチャイナなる属性を与えたセンスが。
 そのような繊細さやセンスの欠如こそが鈴凛の不人気妹たる所以で、で、明確な隙が原作にあるのならばそこに付け入る事はたやすい。つまり、二次創作を書きやすく、傑作もまた生まれやすい。
 反対に原作が入神の域に入っている四葉鞠絵、白雪あたりの二次創作は難しい。はずなのに四葉の本が多い事とか春歌の本が少ないこととかはどうしよう?
 長考。