サラン 哀しみを越えて(荒山徹著)

ジャンル:その他小説
 表題作がひどいひどいとは聞いていたけれど、本当にひどかった。
 そこまでがひどくない、て言うんじゃないんですが。朝鮮侵略前後の日朝を舞台に、故郷喪失者の哀しみと意地と愛を描く、なんて綺麗な形容だって嘘ではないけれど、その内実はレイプ、リンチ、死体に虫、美熟女、差別のオンパレード。これを重いテーマを正面から扱っている、なんて持ち上げたってしょうがなくて、個人の尊厳が社会によって理不尽に踏みにじられる様が書きたくて仕方がないだけにはやっぱり見える。
 勿論、己の快楽に忠実すぎる作家は愛すべきだし、その欲望に引きずられすぎる事無くしっとり重厚な文体とかっちりした構成を持った読める小説に仕上げてきてくれている以上、文句を言う義理でもないのだけれど、悪趣味だよね。
文藝春秋 2005年2月発行

ボクのセカイをまもるヒト2(谷川流著)

ジャンル:SF

 フィクションの少年少女に対する過大にもほどがある思い入れによってのみ駆動される、という意味で、選れて萌え系。元長柾木作品がそうであるくらいには。

 手の内をやたらに晒してしまいたがるのは、フィクションの少年少女が自分の手の内にしかありえない事を哀れめばこそ。これから自分の手で首をねじ切る相手を本当に可哀想だと思ってしまう、そういうギリギリの誠実さ/卑劣さ/周到さ。

 P140あたりとか、悲劇の予感でもう胸が苦しくて読み進められなかった。『学校』一巻以来の本気で泣ける/鬱入る谷川作品。

 で、結局それほど悲惨な事にはならないのであって、そういう結局なしくずしに優しいあたりとかもう、なんだ、この、ジゴロか! メロメロだ! 俺が! 作者に!

電撃文庫 2006年6月発行

とらドラ! 2(竹宮ゆゆこ著)

ジャンル:その他小説

 一巻がいくらなんでも神がかっていたので、比べりゃ見劣りします。比べりゃね。

 多分、引きが上手すぎるんですね、この人。一体何が起こってしまうのか、どんな凄まじいものがこの先待っているのかと期待させすぎてしまう。冷静に考えれば人助け竜虎参りと化するのは当たり前で、竜児と大河のラブラブっぷりは後景に退くしかないのはわかるんだけれど、いや、やっぱりこう、期待はずれって思っちゃうのはしょうがないです。

 そんなわけでなんとかマーキュリーみたいな名前の新キャラが勇気を搾り出すまで。手乗りタイガーになくてチワワにはあるものの数々がなんというかまあ一々どうという事もなくてタイガーの世界一の美少女っぷりだけが際立ちます。勇気と根性なら手乗りタイガーには売るほどあるわけで。たけゆゆセンセは本当に容姿に恵まれた引き立て役の女子を多用するなあ。

 大河が世界一である事は傍から見れば自明なのに、本人だけはそれに気付いていない。むしろそれが世界一の要件か。二流と名付けられた一流の男みたいな。

電撃文庫 2006年5月発行

柳生雨月抄(荒山徹著)

ジャンル:ファンタジー
 やりすぎ。ひどい。いい加減にしなさい。アホかアンタは。
 全部(褒め言葉)がつく、と言いたいところだがつけてもつかなくてもどっちでもいい。
 あまりにもオタです。巨大蛾とかヅカ剣士とかはさておき、征東行中書省がいくらなんでもゴルゴムとかクライシス帝国です。怪異譚つうよか特撮です。しかも昭和の。友景は、彼岸に触れながらも無垢な魂を抱き続けるスーパーヒーローで、それってつまるところ昭和のライダーだし、大魔縁はあまりにただの長官です。朝鮮妖術士はどいつもこいつも人間+動物の黄金パターンなライダー怪人。普通の兵士がバコバコ切られるのは連中がまさに戦闘員だから。
 えー。まあ、突っ込んだら負けなんだけどさ。
 ファンタジックに汚いセックス大好きなとこはなんか共感しないではないです、雷鳥会的で。
新潮社 2006年4月発行

メイド刑事(早見裕司著)

ジャンル:ミステリ

 メイド萌えには三つの潮流があります。

 一つは、メイド服のビジュアルに偏した萌え方。あんまり往時の欧州のメードはいかに、みたいな事を考える事なくその外見に熱を上げる。見た目可愛けりゃいいのでミニスカ胸開きみたいな方向にもあっさり向かう。代表的な作品は、『これが私のご主人様』あたりになりますが、まあオーソドックスっちゃオーソドックス、メイド喫茶なんかの発想の根本にもこれがあります。

 二つ目は、ビクトリア朝萌え的メイド萌え。メイドさんがいっぱいうろついていた19世紀イギリスそのものに萌え、俺ビクトリア朝を作品世界内に構築する事に血道を上げるタイプです。ストロングスタイルのメイド萌えと称してよろしかろうかと思われますが、代表作は無論現代日本の二大ファナティックメイド/ビクトリア朝漫画・『エマ』『アンダー・ザ・ローズ』であります。この二作品はリアル系/スーパー系(無論全てのメイドは備品をくすねる、と信じている船戸明里がスーパー)メイド漫画として、実に良い対照なしてると言えます。

 そして三つ目。それがこの作品の所属します、現代社会に異人としてのメイドさんを放り込んでそこに巻き起こるカルチャーギャップを楽しみたい、という、安易なんだかひねてるんだかわからん萌え傾向です。

 で、この傾向、本作以外の作例がなんかあるかって言ったら『仮面のメイドガイ』とかなわけでして。

 本作のメイドさんは、やはり明らかにビクトリアンなメイドさんではありません。

 『スケバン刑事』よりは『超少女飛鳥』、でもそれ以上に隆慶一郎ワールド住人、という、メイドと武士・士大夫の区別がついていない、と言いますか、卑しき街を行く誇り高き騎士――Detectiveなのでありまして。

 このような、異形のエートスを抱え込んだメイドさんを、社会階層とみなしてそういうメイドが消えゆく時代、として20世紀初頭を捉えなおすと『死ぬことと見つけたり』のイギリス版ができそうな気がしました。

GA文庫 2006年4月発行

吉永さん家のガーゴイル 2(田口仙年堂著)

ジャンル:ファンタジー

 んー。面白は面白い。のだが。

性格の方も臆病だが、やるときにはやる、立派な高校生男子だ。

無口だが明るい、ある意味で吉永家最強のママ。

 なんかこういうのすっごく気になる。珍しい事を言いますが、こういう表現があるとモノガタリにのめりこんでいたいのに冷水を浴びせかけられてゲンジツに引き戻されてしまうのです。

 作品内での人物の役割に対する不用意でかつ価値中立的でない言及ね。これ一番リアリティのレベルを混乱させると思うんだけどな。それは描写じゃなくて説明だよ、と言う事なんだけど、中でもこの手のは主題を先回りして説明しちゃってるわけで、じゃあこの先読まなくていいじゃん、と思ってしまう。早い段階でテーマを敢えて明言しちゃう手も無論あるんだけど、そこには敢えて、という作意の匂いがちゃんとしてくれないとこいつちゃんと分かってんのかなと不安にさせられるだけでさ。

 いや言い回しがぬるいファンみたいで作家の自作の人物に対する評価・把握がそれでいいのかと思うだけでもあるんだけど。

 あー、ファンにして欲しい評価をそのまま書いちゃってる、というのがわかりよいかな。

 んー、みんな、気にならないですか?

ファミ通文庫 2004年3月発行

侵略する少女と嘘の庭(清水マリコ著)

ジャンル:その他小説
 相変わらずと言えば相変わらず。
 女子中学生の女子中学生っぷりがなんだ、なんか、こういうもんだよな。
 その一方で男の子が綺麗過ぎる、というか、男の子のときめきの形式のアレっぷりがあんまり活写されてないかなあ、とも思う。「多少なりとも好意的な態度を取られると「そうそう、そう言えば僕もあの子のことが好きだった」とか思えてきてしまう」(古橋秀之「トトカミじゃ」)というような自己欺瞞テイストがあんまりなくて、どうにも誠実で清潔で上品。わがままだったり嘘つきだったりする女の子に比べてやや不公平、というか。
 あと、嘘度は三部作で一番低いかも。
MF文庫J 2006年3月発行