地球・精神分析記録(山田正紀著)

ジャンル:SF

 山田正紀はもちろん日本SF界を代表する長編型作家だが、中短編も実に器用にこなす事はもっと知られてもいい。いや、むしろ中篇においてこそそのシャープな筆致は最大限の冴えを見せる、と言ってもいい。

 長編とは深さ、短編とは切れが勝負の分かれ目だが、この両者をぎりぎりのバランスで均衡させる勘が、中篇では強く求められる。山田正紀のこの勘はほとんど完璧だ。

 だから、若き日の田中啓文をして「感極まってのたうちまわ」(本書解説より)らせた「それほど醜い生き物はいなかった。」から始まる「I徴候分析 悲哀―ルゲンシウス」はこの上も無くスタイリッシュでクールなSFアクション中篇に仕上がっている。北極圏、グリーンランドの氷高原で、虚構と現実の区別すら見失いながらも、神話ロボット・ルゲンシウスと死闘を繰り広げる男の覚える、寒さと恐怖と、そして昂揚を、ありありと伝えるその筆致はまさしく天才山田正紀の面目躍如たるところだろう。

 憎悪、愛、狂気の残る三つの物語も、神話的かつ分析学的なモチーフと、それらを認識しながらも逃れ難く囚われてしまう人の姿を山田正紀ならではの褪めた熱さで描き出す傑作中篇揃いだ。

 中編集としての『地球精神分析記録』に、殆ど欠点はない。非常に、極めてレベルの高い中編集だ。

 が、この中編群はしかし一つの長編を構成するそれぞれは部分に過ぎない。

 この、傑作中篇群を一つの長編に纏め上げる際に、この才気先行型の作者は珍しく山田正紀らしからぬ不手際を犯している。「悲哀」に既に長編全体の謎の大部分が明かされており、そのためサスペンスを維持する事がまるでできていないのだ。

 これは実にらしくない。終盤に、書くつもりがなかった事まで思わず書いてしまい、全体の構成を破綻させるのが山田正紀的な不手際であり、それは筆致の向こうに仄見える迸る情熱を垣間見せる愛すべき個性であるのに。

 山田正紀は不手際が多いにもかかわらず読ませてしまう力を持った長編作家だが、中篇においては驚くほど手際よくキャラクターを捌き、モチーフを際立たせて見せる。

 その、中篇についての手際のよさが逆に長編としての成り立ちにおける破綻した魅力を殺いでしまった、これはそんな皮肉な一冊であろう。



徳間デュアル文庫 2001年8月発行