水没ピアノ 鏡創士がひきもどす犯罪(佐藤友哉著)

ジャンル:ミステリ  
 またもミステリとしてはどうか、と言う代物。
 たった三作なのに既にワンパな叙述トリックはもう150円やるからその席空けろって感じ。

 ただ、それでもこの小説を言下に否定する気になれないのは、少なくともクライマックス直前までのテーマの表現が真に迫った巧みなものだからだろう。
 大切なものを手に入れていたのにそれを気付かず壊してしまう事。身も心も全てを捧げて思っている相手に何とも思われない事。守ろうとしてかえって傷つけてしまう事。
 そんな主人公たちに訪れるどうしようもない滑稽で悲惨な出来事を丹念に描いていて、彼らの哀感が切々と胸に伝わってくる。
 こんな意見も世の中にはあり、これはこの人にしては珍しく優しい良い文章だし、感動的な良い話だと言うのには同意するのだけれど、この作品は東浩紀の理論によってではなく、坪内逍遙の理論で十分読める作品だ。
 むしろ東理論的な作品づくりが破綻して、古典的な自然主義文学の手法に回帰しただけだと思う。それは、良いとか悪いとかそう言う事では全然なくって、ただそうだと言うだけの話なのだけれど。
 ただ、ミステリとしての要請上どうしても必要な主人公たちの特殊な境遇が彼らの悩みの普遍性を阻害している感は強くあり、そしてそのミステリ的な仕掛けを取り払った時にこのような作品が成立可能かと問われれれば大いに疑問だと答えざるを得ない。
 この作品もまた、『NHKにようこそ!』同様現代におけるジャンル純文学の難しさにぶつかった小説だと言えようか。
講談社ノベルス 2002年3月発行