パラサイトイブ(瀬名秀明著)

ジャンル:SF  
 先に言っておけば、これはSFではない。
 ホラーでもないけど。
 何故SFではないのかは置くとして何故ホラーではないのかと言えば、それは全くもって恐くないからだ。単純に感覚的な、描写上・シチュエーション上の問題だけではない。そちらもさして上手くはないが、救いようがないほどでは全然ない。キャラクタたちがそこからの逸脱として恐怖を感じるところの現実が、作中でまったく定位されていないのだ。
 具体的に言えば、イブが現実的な科学の論理をどこで超えているのかが明示的には最後まで行ってもまるで分からない(良く考えてみれば最初からなんだけど)。だから、聞いた事もない試薬や手技の羅列の延長線上に、イブ殺しの秘薬が我々生化学畑の人間ではない読者の想定としてありえてしまう。秘薬=現実的な手段で機械的に克服できてしまうものを、恐怖とは呼ばない。
 現実的な科学と超自然の軸線を共に取り損ねている事は、この作品がSFと間違えられてしまう=これはSFではない事の主因でもある。超自然的に見える現象の科学的解明とその進化的含意を、SFファンならばどうしても考えてしまうが、イブはそもそも超自然の存在なれば、それは科学で解き明かされも科学的思考の結実である進化の上での意味が示唆されもし得ない。
 それでもこの小説が面白いのは、何かが起こりそうな予感、サスペンスをクライマックスまで維持する事が出来ているからだ。なればこそ、その予感を受け止める結論部の弱さはSFとしてもホラーとしても許容しうるものではない。
 だから、この小説をその中盤までの面白さに相応しいレベルの作品として評価するためには、結論部の弱さそのものが衝撃的な強さとなるような小説、SFではないがゆえにかえってどこまでもSFであるような小説、これほどまでの論理性を積み重ねた上でなければ意味を持ち得ない逆説に満ち満ちた小説、科学的方法の限界を科学的方法で露呈させる小説として読まれねばならないのではなかろうか。
 つまるところ、メタSFとして。この名前のいかがわしさは重々承知しているのだけれど、それがいかがわしくならざるを得なかったその重すぎる意義に、この小説は十分こたえていると思う。

角川ホラー文庫 1996年12月発行