アラビアの夜の種族(古川日出男著)

ジャンル:SF  
 推理作家協会賞に続きSF大賞までをも射止めた脅威の書。
 ネタバレを含む。
 爛熟のイスラム中世文化のその頂点の一つであるオスマン帝国支配化のカイロを、最初の近代の英雄、ナポレオン・ボナパルトが踏み躙るその瞬間、中世の断末魔、物語の死を描き切る。実に実に壮大な意図だ。90年代の日本SFは物語論を志向したのであれば、この小説はまさしくその成果を批判的に継承した90年代日本SFの嫡子に他なるまい。
 近代=ナポレオンを殺すために、中世イスラムの全ての美質を備えた青年、アイユーブはなんと究極の物語を作り上げる。これは稀に見るゾクゾクするシチュエーションであろう。
 その試みは結局中世エジプトに止めを刺す結果に終わるわけで、その、作中作として語られる物語の豊かさは、そのまま中世の見事な死に様そのものでもある。
 そして中世、という巨大な物語は作中で近代に殺されるわけだが、この物語がそれでもあくまで希望の感触を最後まで失わないのは、この物語の死がこの上もなく美しい物語としてある、という矛盾が『アラビアの夜の種族』なる書物として活き活きと現前しているからだ。
 この本の魅力は、つまりこのような構造に尽きる。多くの人々が賛辞を贈るその語りは、この構成の要求を満たしているだけに過ぎないと言うべきだろう。
角川書店 2001年12月発行