神様のパズル(機本伸司著)

ジャンル:SF  
 第三回小松左京賞受賞作。
 科学者の自己実現と科学の関係については、瀬名秀明『パラサイトイブ』を参照されたし。あれはそれ、すなわち科学は飯の種でしかないという事を描いた小説としては実に実に良く出来ているのである。
 別に印刷会社で意志を持ったインクが人を襲ってもそれはそれでかまわなかったわけで、たまたま瀬名の職業が科学者だったため、結果として科学批判としても読めてしまうだけだ。瀬名が印刷技師であったならば、我々は印刷技術への批判を読み取っただろう。
 職業人としての誇りがその別次元にあるのは言うまでもない。自己実現はその誇りにおいて達成されているのであって、その職業の内実とは端的に無関係なのだ。
 「宇宙を作る事はできるか」なる思考実験がヒロインの自分探しにすりかわっていく後半の展開がうそ臭いのは、つまりそういう理由だ。そのうそ臭さの中に彼女の青臭さと幼さがある、と言われてしまえばそれはそうなのかも知れないが、しかし宇宙論へ向かう幼さ・若さをトラウマに回収する態度も安易だ。
 「宇宙を作る事はできるか」という思考実験でポイントになるのは、宇宙を生み出す無、真空の揺らぎを人工的に生み出す事は可能か、もしも原初の無とそこいら中に存在する無が異なっているとすればそれは真空の相転移が起こったからだ、というのは良いとして、ならばその相転移は不可逆な過程なのか、そしてそもそも人工的に宇宙を作り出すとはどう言う事なのかというあたりになるはずだ。
 真空の揺らぎが遍在する以上、ビッグバンはいつでも起こりうる。その揺らぎを大きくすればビッグバンが起こる確率は大きくなるわけだが、その揺らぎを大きくする過程を「人工的に宇宙を作り出す」過程と呼びうるか? 自然は「従う事によって支配」されるわけだが、その従われる法則が不確定的な確率論的な過程に及んだ時、それを人は支配していると言えるのだろうか? と言ったような、純粋に思弁的な部分への突っ込みがあまりに甘いし、科学哲学方向へもあまりに目が届いていない。
 独自の宇宙論を思弁的に展開しよう、という志は買う。ハヤカワJコレクションよりも徳間デュアル文庫よりもハルキ文庫ヌーベルSFシリーズと小松左京賞SFの本格を担う意志に満ちていて好感が持てるのだが、この作品が中途半端である事は否めない。序盤はどきどきするんだけどね。


角川春樹事務所 2002年11月発行