天使のベースボール2(野村美月著)

ジャンル:その他小説  
 スポーツにまつわる物語が美しいのは、つまりそれがそれ自体の論理においてのみ、進行するという点においてである。
 例えば母親のマリアさんが亡くなった、その週のグランプリで、シューマッハ兄弟は共に感嘆すべきパフォーマンスを見せた。それは彼らの主観においてどうであれマリアさんの死に彼らが奮起したからとかそういう事ではまるでなく、彼らのそもそもの実力が高く、フィジカルとマシンのコンディションが良好であったというだけの事に過ぎない。
 鍛え上げられた技術は、人をその個人的な事情の関与し得ない高みへと導く。スポーツフィクションの書き手が書かなければならないのはその高みなのだ、とまではあえて断言すまい。にしても、技術によって人が人を超えた存在へと昇華せられる、そのような極限的な営為の場でそもある事が逆説的に高みへの飛翔が挫折する、そのあまりに人間的な瞬間をも照射するからこそ、スポーツフィクションは人生の哀歓を詳らかにする場として機能する、と言う事はゆめ忘れられてはなるまい。
 であるからして。由羽と永井と正宗、まりあと太宰と慶吾の二つの三角関係を中心とした人間関係に主眼が置かれている事自体はかまわない。かまわないのだが、その人間関係の桎梏を解きほぐすためのツールでしかない試合展開は、であるからこそ純野球技術的な裏づけを要求するのだ。
 その裏付が得られない限り、御都合主義の謗りは免れ得まい。
 いや、そういう本質論をすっ飛ばして書き手の欲望だけに忠実に書き殴られているあたりはなんだかんだで微笑ましくって好きなんだけど。
ファミ通文庫 2003年6月発行