ある日、爆弾がおちてきて(古橋秀之著)

ジャンル:SF  
 リリカルSF短編作家は読まない方がいいと思う。日本の自殺率が上がるから。作家ワナビーの人にはおすすめ。諦めがつく。
 やっぱりこの人は小説の神様の秘蔵っ子だと思う。なんだ、この小説技術。
 満足した。心が温かくなった。暫くもう何も手がつかなくなった。こんなん谷川流橋本紡にでも書かせとけばいいじゃん、と思わなくはなかったけれど。こういうんじゃなくて『ブラ〜』シリーズみたいのが読みたいんじゃ、とも思ったけど。
 この圧倒的な力量の前には些細な事ですわ。
 一つ確かなのは、なんやかやいいつつこの人の次回作は俺は絶対に買う、という事です。『ブラ〜』みたいのが読みたくなったら読み返しゃいいんだからな。

ある日、爆弾がおちてきて
 疾走する破滅気分を充足させられないのは心中したいのが違う相手だったから、という。
 『ブラッドジャケット』の裏返しですね。ヌルいっちゃまあ、そうだが。相手にさえ恵まれれば心中&人類絶滅OK、という基本線は変わりませんが、そういうんでもないかな、とお互い思ったので、そう言う事はしないのでした。随分とマシな成瀬ルートっちゃそうね。

おおきくなあれ
 タイトルは白倉由美インスパイヤか! いいえ。
 萌えって言うんですか萌えって言うんですねそうですね!
 なんかもう完璧。絵にならなさ含めて。

恋する死者の夜
 らしからぬ退廃的な一品。おセンチだけど前向き、ばかりではない古橋秀之の新しい魅力がまた。
 『BJ』の死体撃ってるシーンが延々と続くようなトリップ感と言霊力に溢れてます。

トトカミじゃ
 ああ、もう。完璧。完璧のヒデですよ、言わば。小池先生風に。
 褒め出すと同じページ数が要ります。
 雑誌で読んだ時はそこまででもなかったんだけどな。突っ込みどころゼロ。拝跪するしかない水準の小説のお化け。

出席番号0番
 この枚数で日月加水木金土の七人キャラ立ててんのか。なんかもう、何よ。
 上手すぎ。
 上遠野とかもういらなくない? そこまで言うか。
 ごんぶと過ぎてちと浸徹力に欠けるかしら。

三時間目のまどか
 もうフィニィとかヤングとか全部絶版にしちゃっていいんじゃないですか。
 小ネタもきっちり聞かせた美事な過去との恋愛譚。

昔、爆弾がおちてきて
 あっけらかんとラブなり死地なり未来なりなんなりへ飛び込めるのが古橋主人公の魅力です、ということ。
 瑞々しい。

 古橋先生いてくださってありがとうございます。一生ついてきます。
電撃文庫 2005年10月発行

わたしたちの田村くん 2(竹宮ゆゆこ著)

ジャンル:その他小説  
 あとは段取りだ、と思ったので放置してあったんだけど、揉めてるみたいだったので読んだ。悪趣味な。
 ああ、もう、この、松澤! このグズ助!
 えー、所詮は段取りなのであとは細部の鮮やかさなんですが、それがまあ一々よい。なお、相馬は考えが足りなくて松澤と田村くんは考えすぎなので田村くんと相馬はどうにも上手くいかんのではないかと思う。伊欧と高浦はくっついちゃえばいいのに。実兄妹だっていいんだもん。というか男の子が優しくてよいですね、どいつもこいつも。
 ところで、見ようによっては可愛い子、が誰がどう見ても美人、に勝つ話を女性作家が書いているというのはなんかこう、どうしたってキモい事が言えそうではあるがキモいので言わない。
 敵役としての説得力という事にしておきます。という意味ではスペックの低さで主人公性を保証する手であって、顔は松澤の方が下、の時点で相馬に勝ち目はないんだよな。と考えていくと相馬が不憫にもなるがやはり松澤派な俺であった。
電撃文庫 2005年9月発行

サマー/タイム/トラベラー2(新城カズマ著)

ジャンル:SF  
 えー、秋山瑞人、さらには浅井ラボなんかと引き比べてしまった事について、不明を恥じます。
 新城カズマがそんなにシンプルな伏線を張るわけはなかった。新城カズマがそんなに簡単に諦めるわけがなかった。
 そんなわけで、30年残る価値のある傑作。

 以下ネタバレ。
 誰かがどこかにいてくれる譚というジャンルがなきにしもあらずだけれど、これはその究極形と言って良かろうように思う。
 それが空間的に表現されるのならば欲望半径になるのだし、それが時間的に表現されるのならば未来へ駆けて行く少女になるだろう。
 誰かがどこか/いつかにいてくれるから、未来へ進んでいく事ができる、という新城カズマらしい前向き極まりない小説。
 だから、上巻であれほどそれっぽく煽られたにも関わらず、これは成熟と喪失の青春小説ではまるでない。
 こういう小説を形容する大仰な言葉を俺は知っている。
 すなわち、人間讃歌。
 である、と言う事の魅力が精一杯に発揮された一つの傑作。若い子に読ませたい、と言いたくなる感じもなくはないが、十代ってのは秋山瑞人とかを読んで世を拗ねたい季節なのでまあ無理かも。25歳以上の世を拗ねてたって結局なあ、て感じになっちゃってる人にこそやっぱりおすすめ。
ハヤカワ文庫JA 2005年7月発行

サマー/タイム/トラベラー1(新城カズマ著)

ジャンル:SF  
 凄い。が、キモい。
 超一流の物書きの超一流のお仕事だ、とかそういう感じ。
 んー、んー、んー。
 作者の本気って言うのは単純にリソースをどんくらいぶっこむか、という量的なアレと、どれだけ生身の問題意識を反映させるか、という質的なアレの二種類を想定していいと思うんだけど、前者の意味では紛れもなく本気なんだろうけれど、後者の意味ではどうなんだろう、書痴系とかSFファンとかなんとか、そんな人たちが喜びそうなモンを書いておこうかなー、というだけのように見えてしまわなくもない。例えば作中でタイムトラベルを取り扱った過去の諸作品に対する言及があるんだけど、これがまあ見事にメジャーどころばかりで、絶妙に「基本だよね」って言っちゃうマニアの人も「すごいマニアックでかっこいい」って言っちゃうトーシローの人もどっちも掴まえられるラインを突いていて、うーん、と唸らされる一方で、その手には乗らないぞ、と警戒心を新たにする俺がいる。
 えーっとねえ、すごくねえ、卑怯なのさ。ノリは殆ど『ガチンコ』。その時とんでもない事態が以下CM。なんか1巻はン期生のはねっかえりが竹原に暴言吐いたくらい?
 語りってのは事後的に形成されるからさ、どうしたって語り手は未来を先取りできてしまうし、これ以前の新城作品でもそのような先取られた未来を用いた演出みたいな事は散々やられてきたわけさ。だけど、その未来をこれほど邪悪なものとしてばかり描く作家だったかしら。それじゃまるで秋山瑞人みたいじゃないさ。
 9.11でなんか壊れちゃったのかなあ、昔はこの作家の中にあった、崇高なものへの信仰が。
 うーん。
 タイムマシンとしての語り? 悔恨欲が奪う未来? メタ? 読者批判?
 なんかこう、そっち持ってかれてもって感じではあるし、ただ悠有が消えちゃったーじゃまあへーでおしまいで、うーん、秋山瑞人か、シャカイ系っぽさを考慮に入れりゃ殆どいっそ浅井ラボレベル。
 いや面白いんだよ? 夢中で読んだよ?
 うーん。

 決定的な瑕疵を一つだけ。
 現実・虚構の区別がつかない病人、という議論が作中にあるんですが、それは当然その区別を明確につけられる健常者の存在を言外に前提してんのね、当然。
 中村九郎『黒白キューピッド』あたりだと、主人公は普通のどこにでもいる健常者なのに、なんか現実と虚構の区別があんまりしっかりついていない。こっちの方がリアル・フィクションにおける人間把握としては確実に新しくて絶対に正しいよね。
 あー、うん、古臭いっちゃ古臭い。ぶっちゃけ言うが今時新城カズマで喜ぶのって25以上のおっさんだけじゃね? 含俺。
ハヤカワ文庫JA 2005年6月発行

ロクメンダイス、(中村九郎著)

ジャンル:ミステリ  
 『ドリームマスター』とか『女王天使』とかでおなじみのサイコダイブ譚、のふりをした長編ポエム。起こってる事は古式ゆかしいボーイミーツガール、言ってる事は世の中そんなに悪い人ばかりでもないよ、という事なんだけれど、ただそれだけのために経由されねばならなかった距離が繊細に混乱した筆致で、まさに延々と綴られて行く。
 リアルって言うんでも面白いって言うんでもかっこいいって言うんでもそんなには萌えって言うんでもないけど、不思議に説得的。
 読みやすかったよ? 意味読み取ろうとすると混乱するけど、言葉同士の繋がりの経路は辿りやすい文体。そういうあたりもすぐれてポエム。
富士見ミステリー文庫 2005年6月発行

黒白キューピッド(中村九郎著)

ジャンル:SF  
 これすごいよ。
 実体-描写モデルから完全に離脱して言葉と言葉が詩的連鎖だけで繋がっていく殆ど韻文なスタイルを選択してるのに、キャラクター小説の範疇は全然逸脱しない。
 一貫しない思考、語り落とされた妄念、怯えと媚び、それから恋。思春期の少年少女を形作る殆どの要素が叩き込まれてるのに、まるで押し付けがましくなく能天気な爽やかさだけが胸に残る。
 言い換えとく? すごく読みやすい。あとメイジすっげー可愛い。加藤はさらにすっげー愛しい。特に加藤だなあ。幻滅するためだけに走る男の子。そんな彼の秘密が明かされるくだりは、もう涙なしには読めないっす。
 ついて来れないダサ坊は一生『JAJA姫武遊伝』でも読んでろとか思わず口走りたくなる、俺らの世代の、俺らの世代による、俺らの世代のための何か。

 以下余談。えー、メイジのイラストがあまりにもココ(『マーメイドメロディーぴちぴちピッチ』)そっくりです。それがまた死ぬほど可愛い。
 『ぴっち』とはなんか同時代性があるのかもとは思うが流石にネタがデカ過ぎるのでまた今度。
集英社スーパーダッシュ文庫 2005年4月発行